▼書籍のご案内-後書き

中医弁証学

訳者あとがき

 今日,日中伝統医学の交流は大変盛んになっていますが,中医学の真髄を自家薬篭中のものにしたと言える人は,まだまだ少ないのが現状ではないかと思います。
 中医基礎理論や中医診断学を学習した人で,臨床の場でどうしても今ひとつうまく弁証ができないとか,どういう手順でアプローチすると,よりうまく弁証ができるのかとか,弁証を確定する上で何か決め手となるものはないのだろうか,といった問題にぶつかって悩んでおられる方が多くおられるようです。
 弁証論治という手段を持ちながら,我が国ではまだ病態把握の普遍性が確立していない。つまり中医学の特長を臨床に生かしきれていない人が多いのではないでしょうか。実際の診断過程で,臨床家は四診によってさまざまな情報を得ています。一般に主症状と随伴症状という言い方をしますが,患者の主訴自体が,患者の証を表現しているとは限らないのが,臨床の難しいところだと思います。四診を行う場合に,目的を持たずにただ症状・所見を収集しているだけでは,なかなかうまく弁証ができません。錯綜する情報の中から,何を選択し,それを弁証論治に結びつけるか。言い換えれば,弁証論治に必要な情報をいかにして患者から引き出すか,というのが中医臨床家の腕の見せ所なのです。
 症とは何なのか。すべての症を同一レベルであつかってよいのだろうか。証ははたして任意のいくつかの症の組み合わせなのか。症と証と病機の関係はどうなっているのか。弁証のポイントをどのように把握すればよいのか。証を鑑別するポイントは何なのか。本書はまさにこのような問題を解決するために執筆された教材です。
 本書の特徴は,実際の臨床において証を決定する上でまさに必要とされる弁証のポイントを明確に提示していることにあります。初学者にとっても,非常にわかりやすい内容となっています。また証を静止的に固定的にとらえるのではなく,時間的推移のなかで証がどのように変化していく可能性があるのか,他にどのような影響を与える可能性があるのか,証と証の関係はどのようになっているのか,類似した証の鑑別ポイントは何なのか,について明確に提示しており,立体的に証が把握できるように工夫されています。
 我が国での中医学の現状は,中医学を学習した多くの人が基礎段階を越え,臨床応用の段階に入っております。そうした時だからこそ,臨床カンファレンスの出来得る共通の土壌を設定するために,この『中医弁証学』の一読を是非お勧めしたいと思います。
 かつて,老中医達の診察を見聞きしながら,彼らのダイナミックな弁証論治と,患者から情報収集する際の非常に繊細な技術に感銘をうけたことがあります。問診のコツと言うべきものは,決して30~40年の臨床を経なくても,本書の内容を理解すれば,必ずや読者諸兄のものになると確信いたしております。

兵 頭 明